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東京高等裁判所 平成8年(ネ)5105号 判決 1998年1月28日

控訴人(原告)

甲野太郎ことX

右訴訟代理人弁護士

弘中徹

三好重臣

早坂亨

被控訴人(被告)

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤隆信

右訴訟代理人弁護士

船木亮一

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、一二〇万円及びこれに対する平成七年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

三  この判決は、一1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成七年八月三日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。

3  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙(一)記載の謝罪広告を別紙(二)記載の条件に従い、被控訴人発行の「週刊新潮」に掲載せよ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  2項及び4項につき、仮執行宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、「甲野太郎」という芸名で芸能活動等を行っている控訴人が、被控訴人の発行する週刊誌である「週刊新潮」の記事及び被控訴人が新聞紙上に掲載した広告によって、その名誉を毀損され、またはプライバシーを侵害されたと主張し、不法行為による損害賠償として慰謝料等の支払いを求めるとともに、名誉を回復するために必要な処分として謝罪広告の掲載を求めた事案である。

当事者間に争いのない事実については、原判決の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実」に記載のとおりであるから、これを引用する。

また、本件の争点及びこれに関する当事者双方の主張については、以下のとおり、原判決の記載を補正し、控訴人の当審における追加的・選択的請求原因に係る当事者双方の主張を付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」の「二 争点」に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の補正)

1  原判決六頁七行目と八行目の間に、次のとおり加える。

「 仮に、本件記事及び本件広告が虚偽の事実を摘示したものとして控訴人の社会的評価を低下させたといえないとしても、本件記事において「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」したとの内容虚偽の噂が存在するとの事実を摘示すること自体が、また、本件広告において、「風説の流布」との大見出しの下に、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」との見出しを掲載して、内容虚偽の噂が存在するとの事実を摘示すること自体が、一般読者に対して、控訴人が大阪のキタ新地という高級クラブ街に頻繁に出入りして遊びまわっているという印象を与えてしまうものであり、控訴人の社会的評価を低下させるといえるから、名誉毀損を構成する。」

2  原判決八頁四行目と五行目の間に、次のとおり加える。

「 また、本件記事及び本件広告における噂の存在の摘示は、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」との噂の内容からして、芸能人として中年女性に圧倒的人気を誇る控訴人にとり、そのような内容の浮名の流布自体が人気のバロメーターであるということができても、控訴人の社会的評価を低下させるものではあり得ない。」

3  原判決八頁五行目の「有無(」の次に「本件記事に関する」を、九行目の「限度である」の次に「ところ、本件記事が扱った『キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店』なる風評ないし噂が存在したことは事実である」を、一〇行目の「関心事であり」の次に「(事実の公共性)」を、九頁一行目の「ず」の次に「(目的の公共性)」を、それぞれ加える。

(控訴人の当審における追加的・選択的請求原因――プライバシーの侵害)

一 控訴人の主張

1  本件記事は、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」との見出しと本文からなり、本文には、現在、大阪キタ新地の高級クラブ街で話題になっていることとして、「キタ新地の『○○』という店が閉店したのは同店のママが控訴人の子を妊娠したからである」ことを第三者の話を交えながら記載し、最後に「○○」のママ本人の否定的コメントを記載するものである。

また、本件広告は、「風説の流布」との大見出しの下で、他のいくつかの見出しと並べて、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」との見出しを記載するものである。

2  ところで、個人の私生活上の言動や家庭その他の私的な生活関係を構成する事実で、一般に知られておらず、かつ、一般人の感性を基準として公開を欲しないような事柄は、これを公開することに特に公共的な意義が認められる場合、又は当該個人の社会的地位や活動状況からいって、その公開を受忍させるのが相当と認められる場合を除き、その公開を免れることのできる利益がプライバシー(人格の自律性や私生活の平穏を保持する利益)として保護されるべきであり、右のような事柄についての情報を他人がみだりに公表することは、プライバシーの侵害として不法行為を構成するものというべきである。

3  本件において、控訴人がキタ新地のクラブに行ったことがあるという事実は、あくまでも控訴人の私生活上の行動であり、一般には知られていないものである。また、右事実は、一般人の感受性を基準として公開を欲しないような事柄である。

そして、このような事柄を公開することに公共的な意義は何ら認められないし、控訴人の芸能人としての地位からいって、その公開を受忍させるのが相当とは認められない。

4  さらに、仮に、キタ新地の高級クラブ街において「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」したという噂が存在していたとしても、そのような内容虚偽の噂が存在することを公表されること自体が、控訴人のプライバシー権を侵害するものである。

すなわち、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」したという噂があるという事実は、あくまでも控訴人の私生活上の行動にかかわるものであり、一般には知られていないものである。また、右事実は一般人の感受性を基準として公開を欲しないような事柄である。

そして、このような事柄を公開することに公共的な意義は何ら認められないし、控訴人の芸能人としての地位からいって、その公開を受忍させるのが相当とは認められない。

5  被控訴人は、芸能人の恋愛・結婚・離婚等の私生活上の事項は、芸能人であれば、当然に承諾が推定される範囲内の私生活上の事項といえる旨主張するが、芸能人であっても日常の私生活・恋愛・結婚・性格・感情等を公にしたくないという者もいるのであるから、右の見解は、芸能人の人間としてのプライバシー権を余りに軽視し、商業的興味本位に偏った議論であり、あくまでも、公表される芸能人個々人の承諾が必要であると考えるべきである。

仮に、芸能人のプライバシーについて、被控訴人主張のような包括的承諾論が妥当することがあるとしても、それは結婚などの通常人でも第三者に公表されることを特に拒まないような事項に限定されるべきである。

二 被控訴人の反論

1  控訴人が右一3でいう「控訴人がキタ新地のクラブに行ったことがあるという事実」が、一般人の感受性を基準にして、当該私人の立場(芸能人である控訴人の立場)に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄でないことは論をまたない。

2  控訴人が右一4でいう「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店したという噂が存在する事実」については、大阪キタ新地周辺での事実関係であって、そもそも控訴人の依拠する「私的な生活関係を構成する事実」ではないから、プライバシー侵害の問題ではない。

仮に、それが私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄として、保護の対象となるプライバシーに含まれるとしても、本件記事は、右の噂を検証し、結果として右の噂を否定する趣旨の記事であって、これが控訴人の私生活であると誤認しても不合理ではない程度に真実らしく受け取られるおそれのある内容のものでないことは明らかである。また、本件広告についても、もともと曖昧さや誇張が許容され、一般にもそのように認識されている見出しの表現において、「風説の流布」という総タイトルの下に、荒唐無稽な種々の見出しの中に、本件見出しが挿入されているものであるから、これが控訴人の私生活であると誤認しても不合理ではない程度に真実らしく受け取られるおそれのある内容のものでないことも明らかである。

さらに、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店したという噂が存在する事実」は、一般人の感受性を基準にして、中年女性に圧倒的人気を誇る芸能人としての控訴人の立場に立った場合、これを公表されることによって、控訴人が特に心理的負担、あるいは不安や不快の念を生ずべきものでもない。

3  (仮定抗弁――「芸能人のプライバシー」の抗弁)

芸能人のプライバシーについては、一般私人よりも制限されると解されているところであり、それは常識的判断でもある。その根拠や制限される範囲については、「俳優・歌手等の芸能人、プロスポーツ選手のプライバシーについては、公衆がその行為や性格に興味を持つであろう職業を選択することにより、当然一定の範囲でプライバシーに関する報道をされることを承諾しているとみるのが相当である(事後的に、プライバシーの権利侵害による請求権を放棄したとみられる場合もある。)。問題は、包括的に事前に承諾していると推認できるプライバシーの範囲であるが、例えば、芸能人の恋愛・結婚・離婚等の私生活上の事項は、(それが虚偽であって、名誉侵害に当たる場合は別として)芸能人であれば、当然に承諾が推定される範囲内の私生活上の事項といえる。」との見解を参考とすべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件記事による名誉毀損の成否について

1  本件記事の見出し及び本文は原判決別紙(三)のとおりであるが、その内容、構成を概観すると、次のとおりである〔乙一号証の二〕。

本件記事の見出しは、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」というものであり、この見出しの下に、「大阪はキタ新地の高級クラブ街で、目下一番の話題となっているのは、この六月に閉店したクラブママの風聞。」との書き出しにより、本文が始まる。次いで、キタでは一流店で流行っていたクラブである「○○」が店を閉めると聞いて驚いたというキタ新地のクラブのオーナーママの話として、「しばらくしてお客さんから、実はママが甲野太郎さんの子供を妊娠したらしいと聞かされたんです。あの店に甲野さんがよく来ていたのは有名だし、近頃ママが少し太ったのもそのせいかと納得が行きました」との記述があり、続いて「○○」のママ(以下「○○のママ」という。)の履歴や魅力を紹介する記述が置かれ、これらを承けて、○○のママを良く知るというホステスの話として、「このままキタで生きるよりも、子供を持つという女の幸せを選ぶチャンスと思ったのかも知れませんね。それにしても、さすがに選ぶ相手が違うと思いました」との記述がある。次に、趣を変えて、この噂を必ずしも好意的に受けとめていない「新地雀」の囁きとして、「甲野の子供を身籠ったなんて、閉店の理由にママ本人が勝手に言っているだけじゃないの。実際は去年、常連だった大手銀行が使うのをやめ、そこへ震災の影響で店が左前になり、女の子の給料が遅れがちになったから閉めたということらしい」との記述が置かれている。そして、最後に、「店を閉めたのは、景気が悪くなったのと、体を壊したのが原因です。」といささか困惑顔で噂を否定し、「私が良くなるまで、女の子たちで頑張って欲しかったけど、やはりママの私がいないと難しい。悩んだ末に決断しました。噂はよく流されましたし、慣れています。店を休んで中絶したと言われたこともあります。でも、私は甲野さんの熱烈なファンなので、もし本当に甲野さんの子供を身籠ったのなら幸せですよ。私も女ですから」、との「○○のママ本人」の話という記述を置き、本文を結んでいる。なお、記事の二頁目の左上欄外に「風説の流布」というタイトルが記載されている。

2  ところで、雑誌の記事による名誉毀損の成否を判断するに当たっては、その記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかにつき、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

そこで、これを本件記事についてみると、確かに、本件記事は、右1のとおり、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」という見出しの下に、その本文が、控訴人と○○のママとの間に子供ができたのではないかとの印象を一般の読者に与えるような「キタ新地のオーナーママ」の伝聞に基づく話によって起こされ、「○○のママを良く知るホステス」の話に承け継がれているところである。しかし、本件記事は、右の記述に次いで、控訴人と○○のママとの間に子供ができたことに否定的な推測を示す「新地雀」の話によって趣きの転換が図られ、最後に、「○○のママ本人」のこれを否定するニュアンスの話により結ばれている内容、構成のものであって、本件記事を全体としてみると、本件記事の内容自体によっても、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿し」たことを否定する内容のものとなっていると認められるのであり、加えて、本件記事が、「風説の流布」なる総タイトルの下における「一二編の記事の一編であって、本件記事についても、二頁目の左上欄外に「風説の流布」というタイトルが記載されているものであることをも併せ考慮したうえ、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すれば、本件記事は、一般の読者において「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿した」と受け取る内容のものとは認め難く、したがって、右のような意味内容において、控訴人の社会的評価を低下させるものということはできないといわざるを得ない。

3  しかしながら、本件記事は、右1のとおり、本文の冒頭部分で、「お客さんから、実はママが甲野太郎さんの子供を妊娠したらしいと聞かされたんです。あの店に甲野さんがよく来ていたのは有名だし、…」というような、一般の読者に対し、控訴人が、大阪のキタ新地のクラブである「○○」をしばしば訪れていたかのような印象を植え付ける内容の「キタ新地のクラブのオーナーママ」の「話」を記載しているところ、○○のママの話としてばかりでなく、本件記事全体を通してみても、この事実の存在を否定ないし修正するような内容の記述はみられないこと、前述の「○○のママ本人」の「話」にしても、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる風聞のうち、直接的に否定しているのは、閉店の原因が「甲野太郎の子供を宿し」たからではないとの事実に過ぎないのであって、「甲野太郎の子供を宿し」たことについては、明確にこれを否定している内容のものではなく、しかも、「甲野太郎の子供を宿」す前提となるべき甲野太郎との男女関係の有無については、積極的に甲野太郎との男女関係の存在自体を否定するなど、何らかの言及があるのがこの種のやりとりとしては自然と思われるのに、右の点については全く触れていない内容の「話」となっていること、却って、本件記事は、右のような、控訴人が、クラブ「○○」をしばしば訪れていたかのような印象を与える記述の流れに乗って、「○○のママ本人」の「私は甲野さんの熱烈なファンなので、もし本当に甲野さんの子供を身籠ったのなら幸せですよ。私も女ですから」との「話」を記載して記事を締め括るという構成をとっているのであって、本件記事は、全体としてみると、一般の読者に対し、控訴人と○○のママとが、かなり親密な関係にあったのではないかとの印象を植え付けかねない内容のものと認められるのである。しかも、本件記事が、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」という何の留保も付さない断定的な見出しの下に構成されていることや、「風説の流布」という総タイトルの下で構成された記事の中の一編ではあるものの、「風説」ないし「噂」については、一般に、そのまま、その内容どおりの事実が存在すると受け取られることはないにしても、しばしば「火の無い所に煙は立たず」式に、風説ないし噂に近似したなにがしかの事実が存在するものと受け取られがちであること、加えて、控訴人は、主として俳優として活動しており、特に中年の女性層に根強い人気のある「もてる男」とされていること〔弁論の全趣旨〕、等を総合考慮すると、一般の読者が、普通の注意と読み方で本件記事を読めば、「風説」どおりに「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿し」たというようなことはないとしても、少なくとも控訴人が大阪のキタ新地のクラブ「○○」をしばしば訪れており、控訴人と○○のママとの間に男女関係があったのではないか、と受け取る蓋然性があることを否定することはできないというべきである。

4 そうであるとすれば、本件記事の対象とされた控訴人は、甲野太郎の芸名で、舞台やテレビ等に出演して芸能活動を行うほか、ユネスコ親善特使、法務省名誉矯正監、財団法人日本ベトナム文化交流協会理事長等を務めるなど社会・福祉活動を行っている者であって〔甲四、六、七、八号証、弁論の全趣旨〕、このような控訴人において、右のような内容の本件記事により、一般の読者から、大阪のキタ新地のクラブ「○○」のママと男女関係があったとの事実が存在することを前提とした評価を受け、これによりその社会的評価が低下させられる危険性が生じたものと認めるべきであるというほかはない。

二  本件広告による名誉毀損の成否について

1  本件広告は原判決別紙(四)のとおりであるが、それは読売新聞、日本経済新聞等の新聞紙上に掲載された週刊誌の広告であって、「風説の流布」と横書きで記載された総タイトルの下に、一二編の各記事の見出しと同一文言の見出しが記載され、その一部として、本件記事の見出しである「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる文言が記載されているものである〔争いのない事実、甲二号証〕。

2  ところで、本件広告は、週刊誌の広告として新聞紙上に掲載されたものであるから、本件広告による名誉毀損の成否を判断するに当たっては、その広告の内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかにつき、一般の新聞読者の週刊誌の広告内容についての普通の注意と見方を基準として判断すべきものと解するのが相当である。

そこで、これを本件広告についてみると、右1のとおり、本件広告は、「風説の流布」という横書きの総タイトルの下に、他の一一編の各記事の見出しとともに、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる本件記事の見出しが掲記されているものであるところ、社会通念に照らせば、一般の新聞の記事は、週刊誌のこの種の広告が、読者の購買意欲をそそるため、しばしばある程度の誇張や脚色を伴うものであり、また、実際の記事は羊頭狗肉ともいうべき当たり障りのない陳腐な内容のものでしかないことが往々にしてあるとの認識の上に立って、広告の内容を受け取っているものとみることができ、しかも、本件広告には「風説の流布」という総タイトルが冠せられているところからすれば、本件広告を見た一般の新聞読者が、本件広告の文言どおり、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿し」た事実が存在するものと受け取る可能性は少ないものと判断するのが相当というべきである。

3  しかしながら、本件広告の文言の記載は、「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる何の留保も付さない断定的な表現方法によってされているところからすれば、普通の注意をもって本件広告を見た一般の新聞読者において、右のような風説ないし噂が広がっていること自体は事実であろう、と受け取る蓋然性は相当高いものといわざるを得ない。

そうであるとすると、前示一3のように、風説ないし噂については、一般に、そのまま、その内容どおりの事実が存在すると受け止められることはないにしても、しばしば「火の無い所に煙は立たず」式に、風説ないし噂に近似したなにがしかの事実は存在するものと受け取られがちであること、加えて、控訴人は、主として俳優として活動しており、特に中年の女性層に根強い人気のある「もてる男」とされていること、等を考慮すれば、右のように、一般の新聞の読者が、週刊誌のこの種の広告はしばしば脚色や誇張を伴うものであるといった認識を有しているとの点を踏まえてもなお、普通の注意をもって本件広告を見た一般の新聞読者において、控訴人が、大阪キタ新地のクラブのママを愛人としていた、あるいは、キタ新地のクラブのママと男女関係を持ったことがあった、などと受け止める蓋然性があることを否定することはできないものというべきである(なお、被控訴人は、「風説の流布」という総タイトルの下に掲記された各記事の見出しに係る風説は、いずれもいかにも真実らしからぬ荒唐無稽なものであるから、本件広告に係る「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる風説も、一般の読者には荒唐無稽なものと受け取られる旨主張するようであるが、これらの掲記された「風説」の中には、「金利ゼロでも景気回復せず」、「空前の赤字で東京都『倒産』」、「それでも松田聖子は離婚しない」、「マンションは五年後大暴騰」等、本件広告が新聞紙上に掲載された平成七年八月上旬ころにおいては、一般の読者をして、もっともらしく感じさせ、あるいは、その可能性もあるのではないかと受け止めさせると思われる「風説」もあるのであって、右のような主張自体、当を得ないものというべきである。)。

4  被控訴人は、本件広告は「風評」の存在を摘示したものに過ぎず、事実を摘示したものではない旨主張するところ、被控訴人の主観的意図において、本件広告が、「風評」が存在するという表現形式を利用して、その風評の直接的な内容である「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる「事実」それ自体を摘示しようとしたものとまで認められないとしても、右3にみたような、普通の注意をもって本件広告を見る一般の新聞読者の受け取り方を考慮すると、本件広告による右の「風評」の存在の摘示は、客観的にみて、風評が存在するという表現形式を通じて、その風評の直接的な内容をなす「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる「事実」が一般に内包する事実を摘示したものと評価するのが相当であるから、被控訴人の右の主張を採用することはできない。

5 右のところからすれば、控訴人において、本件広告により、一般の新聞読者から、大阪キタ新地のクラブのママを愛人としていた、あるいは、キタ新地のクラブのママと男女関係を持ったことがあった、というような事実が存在することを前提とした評価を受け、これによりその社会的評価が低下させられる危険性が生じたものと認めるべきであるというほかはない。

(なお、付言すれば、本件記事が掲載された週刊新潮が発売され、本件広告が新聞紙上に掲載された平成七年八月三日の当日から、控訴人が経営する株式会社甲友や後援会に対し、控訴人のファンらから、本件記事等に関する数多くの問い合わせがあり、また、控訴人の社会・福祉活動に関係する団体からも問い合わせがあるなど、数日間、株式会社甲友や後援会の関係者がその対応に忙殺されたことが認められるところである〔甲七、八号証〕。)

三  違法性阻却事由の有無(本件記事に関する被控訴人の仮定抗弁)について

1  名誉毀損については、その行為が公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠き、不法行為とはならないものというべきであり、仮に、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

2  しかし、本件記事が公共の利害に関する事実に係り、被控訴人において専ら公益を図る目的に基づいてこれを週刊新潮に掲載したものでないことは、既に説示したところから明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、本件記事に関する被控訴人の仮定抗弁は理由がない(ちなみに、被控訴人は、本件記事は、風評形式で事実を摘示したものではなく、あくまで「キタ新地のママ」が甲野太郎の子供を宿して閉店」というような噂があることを述べたに止まるから、真実性の証明の対象はそのような「噂が存在すること」であり、それで足りる旨主張するが、本件記事が「キタ新地のママが甲野太郎の子供を宿して閉店」なる「風評」が存在するとしたうえで、その風評ないし噂をめぐる関係者の話を記述するという表現形式を利用して、その風評の内容に関わる諸事実を摘示したものであることは、前一1ないし3に説示したところから明らかであり、したがって、本件において真実性の証明の対象となるのは、右のような風評ないし噂が存在したこと自体ではなく、その風評ないし噂の内容に関わる諸事実であって、前示一3に認定判断したところからすれば、「控訴人と○○のママとの間に男女関係があった」との事実が存在することについての証明を要するものというべきであるところ、この点についての立証は全くない。)。

四  控訴人の損害について

1  慰謝料について

控訴人は、前示二及び三のとおり、被控訴人が週刊新潮及び新聞紙上に掲載した本件記事及び本件広告によりその名誉を毀損され、これにより相当の精神的苦痛を被ったものと認められるところ、前示の認定説示に係る諸般の事情を総合考慮すれば、控訴人の受けた右の苦痛を慰謝すべき慰謝料の金額は、一〇〇万円をもって相当と認める。

2  弁護士費用について

弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本訴を提起・追行するに当たり、本件訴訟代理人弁護士に対し相当額の報酬を支払うことを約したものと認められるところ、本件訴訟における認容額、訴訟追行の難易、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、被控訴人の右不法行為と相当因果関係がある弁護士費用の額は、二〇万円をもって相当と認める。

五  謝罪広告について

本件記事及び本件広告による控訴人に対する名誉毀損の態様、その程度、控訴人の職業、活動の状況、本判決により、被控訴人に対し一〇〇万円の慰謝料の支払いが命ぜられること、その他本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すれば、控訴人の名誉を回復するために謝罪広告を必要とするとまで認めることはできない。

第四  結論

右のとおりであるから、控訴人の本訴請求は、不法行為による損害賠償として計一二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成七年八月三日から支払済みまで民法が定める年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

したがって、右と異なる原判決はその限りで不当であるが、その余は相当であるから、これを主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官橋本和夫 裁判官川勝隆之)

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